自己紹介
自己紹介
私の治療等の経歴です。
1994年3月 明治鍼灸大学卒業(当時日本唯一の4年制鍼灸大学でした)
以来7年間、調布、府中の清野鍼灸整骨院グループにて治療にたずさわる(うち分院長を3年間)。
その間、より効果の高い治療法を求めて各種鍼灸療法やカイロプラクティック、整体等を学ぶ過程でオステオパシーに出会う。
1998年4月 日本オステオパシー専門学院(JSO※:現JCO)に入学:当時分院長でした。
※JSOは当時2年制(週6日:夜間3時間/日)の日本唯一の正式なオステオパシー専門学校でした。
真にオステオパシーの哲学を理解した正しく深い知識と技術を身につけたオステオパスを養成し、多くの方々に高いレベルのオステオパシーを提供すること、そして将来の日本のオステオパシー界を引っ張ってゆく人材を育てることを目的に設立されました。
現在はアメリカのカークスビル・オステオパシー大学(※1)卒業の森田博也校長を中心に、JSO時代の講師と卒業生などが講師となり、4年制のJCO(ジャパン・カレッジ・オブ・オステオパシー)となりました。
(※1)カークスビル・オステオパシー大学は1892年に設立された世界最初のオステオパシー大学で、現在もまさに世界のオステオパシー教育の中心的最高峰の大学です。
2000年3月 日本オステオパシー専門学院(JSO)卒業
在学した2年間は本当に有意義な期間でした。
この2年間のおかげで今も自信を持って、そして楽しく治療をさせていただけているのだと思います。
2000年9月 日本オステオパシー連合(JOF)の定めるMRO(J)試験(連合認定オステオパス試験)合格
2001年4月 JCO(旧JSO)講師の畑中伊久雄先生※の分院、栃木県南オステオパシーセンターの立ち上げに従事
※畑中先生は日本オステオパシー専門学院(JSO)時代のカウンターストレインというテクニックの恩師です。
畑中先生は、まさに私が通いたいそして作りたいと思う治療院を作っておられました。
私の治療院のモデルにしています。
2001年10月 ジャパン・カレッジ・オブ・オステオパシー(JCO:旧JSO)の講師に就任
以来、筋肉エネルギーテクニック(MET)、内臓マニピュレーション、直接法、触診、解剖学、病理学、公衆衛生学の授業を担当してきました。
2001年11月 用賀にて、用賀治療院・世田谷オステオパシーセンターを開業
2003年7月 日本オステオパシー学会(JOA)の、MRO(J)更新セミナー講師(MET)に就任。
あと、内臓マニピュレーションの副講師も一時期担当しました。
2007年3月 次のステップへの準備のためJCO(学校)およびJOA(学会)講師を辞する。
※講師を辞したのは新たに生まれた自分の夢に向かって進んでゆく決心したためです。
さらにまた、2007年3月はちょうど私が教えてきた生徒たちに対して区切りよく教え終わるということもありました。
しかし進む道は違えたといえ、なんといっても学校、学会なくして今のオステオパシー治療家としての私はいませんでした。
私は学校(JCO)、学会(JOA)、連合(JOF)の先生方から、考えられうる最高のオステオパシーの知識・技術を惜しみなく授けていただきました。
恩師の方がたには今も本当に感謝しています。
現在は独立した立場で自分自身がよりよいと思う方向でオステオパシーを深めるため精進を続けています。
※ここまでこんなに長い文章を読んでくださり、さらにそんな私が考えるオステオパシーの治療に少しでも興味を持っていただけた奇特なあなた!
ぜひ当サイトの「オステオパシー治療とは」、また「当院のコンセプト」もご覧いただければとってもうれしいです。
→現在8歳の我が子(男の子)がかわいくてしょうがない、
合気道・剣道、ダンス(ポッピング)大好きの亥年生まれのおひつじ座です。
